クレーム相談室

実際に体験したクレームの報告です。楽しんでもらえるよう小説風にしています。登場する団体や個人の名称等は実在する人物や団体等とは関係ありません。

給水バルブをオーナーが閉めたのに、費用を請求されそうになった話

メンテ110番の担当者が電話を持って頭を下げている。

一週間前に入ったバイト女子だ。

前職もコールセンターで働いていたというだけあって、中々の手腕。

電話の対応も堂にいっている。

即戦力のバイトだと喜んでいた。

 

その彼女が四苦八苦している。

どうやらクレームのようだ。

別の担当者に聞けば、もう20分は捕まっているという。

相手は賃貸マンションのオーナーさんだ。

赤丸のオーナーを思い出す。

 

ちなみに要注意オーナーには情報リストの最初に赤丸をつけてある。

電話をとり、赤丸付きのオーナー物件の場合担当者に注意勧告を促す意味でつけている。

 

このオーナーは渋ちんだ。

とにかく出費を嫌う。

おまけに説教好きときている。

ひとたび説教モードの渦に巻き込まれるとひどい目にあう。

 

録音を聞いて状況を把握した。

即戦力女子はまだ電話から解放されていない。

 

電話はいきなり怒鳴り声から始まっている。

「責任者を出せ」と。

相手の言いなりにならないところが即戦力女子の偉いところだ。

言いなりになれば、こちらが非を認めたことになる。

内容も聞かないうちから責任者を出すわけにはいかない。

責任者は、謝るためにいるだけで、事態を収拾するためには何の役にも立たない。

返って、事を荒立てるだけだ。

責任者に求められるのは、名刺に書かれた肩書だけだ。

 

クレームの内容はこうだ。

給湯器が故障し、部屋の使用者からクレームが来た。

SマンションのS氏。

305号室の住人だ。

この住人にも要注意人物の印がついている。

 

要注意人物のオーナーと、要注意人物の賃貸人からのクレームだ。

荒れる事間違いなし。

 

給湯器の修理を直ぐしろと言われ、即戦力女子はまず管理会社に問い合わせた。

管理会社は、オーナー様の許可を受け、直ぐ修理手配してくださいとの事。

よくある案件だ。

しかしオーナーに連絡がつかない。賃貸人からは、いつ修理時間がわかるかと矢の催促。

そこで即戦力女子、再度管理会社に連絡した。

このまま放置しておけば、修理が今日中には出来なくなる恐れがある。時間との勝負だ。

管理会社の担当者から、オーナーの許可が無くとも、どのみち修理しなければならないので、とりあえず業者手配してくださいとの許可をもらう。

で、業者が来て、即直った。めでたし、めでたしである。

しかし、故障の原因が良くない。

単なる、バルブの開け忘れだ。給水バルブが閉められていたのだ。

誰が閉めたかはわからない。

パイプスペース(給湯器本体が置かれている場所)は施錠されているため、バルブを閉められる人間は限られている。

面接無しで最短その日から仕事可能【プチジョブ】

業者が移動すれば、それだけで料金が発生する。

この費用をオーナーが払うのを拒絶しているのだ。

そのクレームの電話を即戦力女子が取っているのだ。

 

オーナーの言い分は、単なるバルブの閉め忘れぐらいなら、お宅(我が社の事)の人間が来て開ければ済む事じゃないか、だから費用は払わないと。

まさに言いがかりだ。

挙句に、何故事前に連絡しなかったかとおかんむり。

連絡がつかなかったと言っても聞く耳を持たない。

オーナー曰く。携帯はずーと通話モード、かからないわけがないと。

かける電話番号を間違えたお宅(我が社の事)の責任だろうと。

 

裁判にでもすれば子供の言い訳でしかない無い理不尽な事も、相手がお客様になると無下に否定はできない。

おかしなことを言い、揚げ足を取られ、論点をすり替えたクレームにするのはクレーマーの常套手段だ。

とにかくひたすら謝り、のらりくらりかわすしかない。

即戦力女子は上手くやっている。

素晴らしい、の一言だ。

 

問題はどうこの案件を収めるかだ。

上司に引き渡した時点で、我々の負けだ。結局オーナーの言い分を聞いて、料金を賃貸会社か、我が社で払うことに落ち着くはずだ。たかが数万のお金で、オーナーの機嫌をそこね、大阪市内に10棟近く持っているマンション管理を解約されてはたまらないだろう。結局支払いは我が社になる。責任者につなぐとこんなストーリーになるのは必定。

で、即戦力女子の始末書提出で案件はチャンチャン、終了となる。

これでは即戦力女子は頭にきて会社辞めちゃうだろうが、会社にすれば、アルバイト社員より、オーナーの方が大事だ。

しかし、ここで即戦力女子に辞められては私が困る。美人だし。

 

問題はバルブを誰が閉めたかだ。

閉められる人間は限られている。パソコンで過去の点検日時を調べる。我が社関連の業者が出入りしているか確認したがその実績はない。あるとすればオーナー側の人間だ。

ピンと閃いた。

前日305室の隣の部屋で漏水騒ぎがあった。

その時確かオーナーが直接対応したはずだ。

渋ちんのオーナーは昔、建築関係の仕事をしており、空調、給水関係の設備には詳しい。

ちょっとした故障なら自分の手で直してしまう。

だからこそ、煩いオーナーの殿堂入りもしているのだ。

 

即戦力女子に電話を代わってもらった。

このオーナーとは何度も話をした事がある。

勝率は半々だ。だから好かれてはいない。

嫌われている自信もある。

名前を告げた時点でオーナーの声が低くなった。

 

かまわず、提案した。

このマンションは各フロアにカメラがついている。勿論録画もしている。

その録画を見れば誰が給水機の給水バルブを閉めたかわかるはずだと。

大体おかしいじゃないか。システムに詳しいオーナーが給水バルブを閉めた犯人を知ろうとしないのは。

犯人がわかれば、費用はそいつに請求すればいい事だ。

それぐらい十分知恵の回るオーナーだ。それを無視するはずがない。無視するにはするだけの理由があるはずだ。

 

あと、NTTから電話の通話記録を取り寄せ、オーナーにかけた電話番号が間違っていたのなら、間違ってかけた相手様にも失礼だから早急に取り寄せますと付け加えた。

 

オーナーしばらく無言だったが、もういい、そんなことをするのは、めんどうくさいから今回の費用は出すと、いきなり電話を切ってしまった。凄い豹変だ。

思った通りだ。

給水バルブを閉めたのは多分オーナーだと思う。

漏水の調査の際、305号室のバルブを開け忘れたのだろう。

 

携帯に連絡がつかなかった件については別にNTTに確認せずとも、当社の録音機器を調べればすぐわかる。

かかってくる通話は全て録音されているし、相手の電話番号もわかっている。

確認したら間違いなくオーナーの電話番号だし、5回もかけている。

電源が入っていないか通話できない・・・のメッセージが流れていたというから、どこか電波の届かないところにいたのだろう。

オーナーはゴルフが好きだ。大体どこにいたかは想像がつく。

 

結局この案件も、即戦力女子が30分近く頑張った努力は実らず、何も無かった事で終わり。

何も無いこと事こそ、メンテ110番の存在理由の最たる存在理由だが、なにも無いことは、あってもなくてもいい職場と勘違いされやすい。まさに損な役回りの職場なのだが・・・

とにかく要領と機転が勝負の職場だ。

 

まあ・・・

私としては、慰労の意味を込め、即戦力女子と愚痴言い会と称し飲み会が出来たので申し分ないのだが・・・