クレーム相談室

実際に体験したクレームの報告です。楽しんでもらえるよう小説風にしています。登場する団体や個人の名称等は実在する人物や団体等とは関係ありません。

クレーマーの言われるままにせずコンプライアンス思考で自分の仕事と命が守れる話

話の発端は某マンションを借りている保護者からの通報から始まった。

 

息子と連絡が取れない。一度部屋の中を確認してほしいとの依頼が入ったと

アルバイトの子が、電話を保留して聞いてきた。

無理だと手で、×印を出した。

私どものメンテ110番はあくまでも請負業だ。

勝手に個人宅に入る事は許されていない。

 

安否確認は基本、関係者に任すようマニュアルがある。

 

それにしてもこの話、何やら厄介な香りがする。

私の危機感知能力は高い。

やばい臭いは、本当にやばい。

 

ご自分で確認されては?

と、アルバイトの女子が伝えている。

アルバイト女子が顔を歪めた。

受話器の向こうで怒鳴っているのだろう。

 

電話を替わる。

一応のマニュアル対応を説明すると

 

「そんなことはいい。事は人命にかかわる事だ」

 

と怒鳴ってきた。

 

キター、やばい奴だ。

人命にかかわる話は、当事者には申し訳ないが、ややこしくなるから嫌だ。

一応話を聞いてみた。

聞かないと切れないくらい、相手は興奮している。

本来なら、マニュアル通り「警察にご相談ください」で話は終われるのだが

危険な香りがプンプンする。

 

最後の通報が「死んでやる」との言葉で、それ以降連絡が取れないとの事。

だから心配だ、直ぐ見てほしいと。

いよいよ、やばい。

警察にすぐ通報する方が普通はイイに決まっている。

それを躊躇する何かが、相手にはあるのだろう。

とにかく先に、管理会社の方で確認してほしいとの一点張りだ。

 

本当に自殺しているのならば、この通話している時間さえ惜しいのに

相手は警察通報を渋って、しようとしない。

 

しかたがないので、上司と相談する、五分程時間が欲しいと電話を切らせてもらった。

 

念のため警備員を対象マンションに、まずは走らせる。

建物の中には絶対入るなと念押しをして。

合わせて、入居者の情報を拾い、相手先に電話を掛けるよう指示する。

情報を見れば、電話をかけてきたのは母親のようだ。

保証人の欄に書かれた電話番号と、かかって来た番号が一致する。

 

自分の息子が自殺すると言っているのに、随分悠長な母親だ。

いよいよ怪しさが増す。

 

入居者の男性に、自宅の電話も、携帯も連絡がつかない。

ついていれば、母親もメンテ110番には連絡をかけてこないだろう。

本物の自殺を想定する。

答えは決まった。

危険対策は、最悪を想定して考えるのが、鉄則だ。

 

まずはこのマンションの営業担当者に連絡した。

我が社は、賃貸会社からの請負業務しかやっていない。

全ての権限は賃貸会社にある。

 

状況を説明すると

「入って確認すれば」と実におバカな答えがかえってきた。

賃貸会社と、警備会社は自ずと法令順守の範囲が違う。

警備会社は、公安の管轄にも入り、規則に縛られている。

基本、勝手に個人宅には、入れない。

規則を破れば、怖い罰則が待っている。

入る場合は、賃貸会社の許可と、関係者と同時入館が決められている。

警備員だけが一人で入ってはいけないと、会社のマニュアルにも記載されている。

 

たとえ契約している賃貸会社の人が許可しても、何かあれば責任は入った警備会社に及ぶ。

賃貸の若造が偉そうに指示しても、彼に責任が取れる案件ではないのだ。

うかつに賃貸会社担当者の指示だろうと、聴いてはいけない。

社内規定でもそうなっている。

我が社にとって、無知は犯罪なのだ。

 

入るなら○○さんと一緒でないと無理です、と説明する。

ここでひと悶着ある。

俺の指示が聞けないのか、お前らは俺らに雇われている身だろうと。

案の定ご機嫌斜めだ。

 

▲▲さんにも聞いてくださいとお願いする。

▲▲さんとは、○○の上司だ。

経験豊富で、○○を説得してくれるはずだ。

 

とりあえず、契約している賃貸会社には連絡した。

内容などどうでもいい。

連絡したか、しなかったか、それだけが重要なのだ。

 

まもなく警備員がマンションに着いたと連絡が入る。

しばらく現場待機を指示する。

この時期、硫化水素自殺が流行っていて、迂闊に入れば警備員の命も危ない。

 

警察に通報する。

「事件ですか、事故ですかと聞いてくる」

面倒臭いので、××と警備会社の名を出す。

世間的に通用している大きな警備会社名だ。

警察も警備会社からの通報だとわかれば、くだらないことは聞いてこない。

 

そこで状況を説明する。

さすが警察の管制員だ。状況を直ぐ把握した。

警備員を絶対部屋に入らせるなと指示が出る。

これで、部屋に入らなかった免罪符が手に入った。

たとえ本当に部屋の中で自殺していても、我が社が後から、とやかく言われることはない。

 

警察が到着して、警備員と共に部屋の前に行く。

後からわかった話だが、部屋の中から微かに卵の腐ったような異臭がしていたという。

硫化水素独特の臭いだ。

慌てて全員が退避。

ガス会社を呼ぶよう、警察経由で警備員から連絡が入った。

ガス会社を呼ぶ。その間に警察は応援を呼び、付近の住人に避難を呼びかけた。

 

警備員は一般住民と共に追い出された。

つまり、一般市民に戻ったわけだ。

もう何もできない。後は警察が対応する。

 

筋書き通りの展開だ。

現場に賃貸会社の▲▲が現れた。

それより少し遅れて○○も現れた。

 

ここまで来れば、もう我々のすることはない。

後は賃貸会社の責任者に任せ、退散する。

 

結局部屋の住人は硫化水素で自殺していた。

母親に自殺連絡したのは2日前だという。

つまり母親は2日間息子の「自殺」連絡を無視していたことになる。

 

これ以降は情報も入ってこないのでわからないのだが、母親のいうように直ぐ部屋を確認せずによかった。

指示されるままに部屋に入れば、警備員も巻き添え、しかも自殺か他殺かわからない個人の部屋に、警備員が単独で入ったことは、結果が結果だから大問題になる。

下手したら、公安の立ち入り検査の対象にもなりかねない。

 

何も無かったから、業務は何も無かったかのように流れる。

 

ひどい職場だ。

何も無ければ、なにも無い楽な職場と思われ

何かあれば、首が飛びかねない失態にもつながる。

 

クレーム担当員になど、なるものではない。

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