クレーム相談室

実際に体験したクレームの報告です。楽しんでもらえるよう小説風にしています。登場する団体や個人の名称等は実在する人物や団体等とは関係ありません。

マンションの壁越しに隣のあの時の声が聞こえてくるとクレームが入った話

またかかって来た。

電話のディスプレーを見てAが言った。

今日で3回目だ。

最初は10分、次は20分

電話を取れば、受話器から離してくれない。

悪い人ではないだけに、対応に苦慮する。

 

「それにしても1日に3回も」

 

この一言で室内から苦笑がチラホラ。

皆、私の顔を見る。

次は私が対応する番だというのだろう。

電話の主は65歳になるS婦人。

独り暮らしで入居3年目。

これまで苦情など言ってきたことのない良顧客だ。

 

その婦人がここ一週間毎日電話を掛けてくる。

隣の部屋の騒音についてだ。

時間は決まってお昼。

12時過ぎから、夕方6時ごろにかけて

最初は1回だけ。

最近は騒音が起きるたび、その都度。

1回の時もあれば2回の時もある。

3回は初めてだ。

 

騒音の内容が微妙だ。

男女の交わりの、あの音。

音だけならまだしも、女性のあの声が我慢ならないという。

 

S婦人曰く。

夜ならまだしも、昼間からではたまらないと。

これも微妙。返答のしようがない。

昼夜は関係ないと思うのだが。

 

S婦人が借りているマンションの家賃は安い。

安いのはそれなりに理由がある。

仕切りの壁が厚いはずはない。

薄いから、隣の生活音はダダ漏れだ。

それが条件で安いのだが、それをS婦人には言えない。

 

自分の身に照らし合わせれば、むしろS婦人は

被害者とも受け取れる。

 

騒音の問題は、クレームの中では一番多い。

多いから対応する課員も、それなりの対応スキルは持っている。

相手により臨機応変対応できるのだが、今回は騒音の原因が厄介だ。

 

普通はチラシ配布、直接騒音を出す本人に忠告

駄目な時は、騒音発生時警察通報と。

ある程度のマニュアルは決まっているのだが

「あの音と声」の対応は、難しい。

 

まずチラシ配布が困難だ。

さすがに「あの時の音、声が大きすぎるから・・・」

などとは公のチラシには記載できない。

 

直接言いに行くにしても、言えばクレームの主が誰だか

わかってしまい、2次トラブルになりかねない。

 

さらにS婦人、我が社の担当者の対応が良かったのか

電話を中々切らないのだ。

普段人との会話が少ないのだろう、騒音トラブルはそっちのけ

日頃あったことの愚痴を係員に伝え、電話を切る隙を与えないのだ。

ほほえましいが。仕事には支障がでる。

 

電話に出ると、案の定S婦人、開口一番

 

「3回よ。1日に3回なんてやり過ぎじゃない」

 

思わずあちこちから失笑が漏れる。

音声をスピーカーにして皆に聞こえるようにしてある。

 

「いやらしいビデオ見ているみたいで、たまらないわ」

 

ここで同意すると、次話題が変わり、電話を切るタイミングが無くなる。

それは過去の課員の話を聞き、分かっている。

 

「わかりました。当社で何とかします。明日までお時間頂けませんでしょうか」

「そうね、さすがに4回は無いでしょうから・・・」

「では明日また、当社の方から御連絡させていただきます」

何か言おうとするS婦人に

「では、早急対策を立てたいので、お電話切らせていただきます」

 

ガチャリ、電話を切る。

少し非情かもしれないが、これは仕事。割り切らねば。

お話し時間わずか1分。

世間話をしている暇はない。

 

後は対策だ。

どうすればいいかだ。

 

この手のクレームは、騒音を発生させている側に自覚はない。

他に聞こえているとは思っていないし、ましてやクレームにまで

なっているとはまったく知らない場合が多い。

誰かが教えてあげれば大抵は解決が着く。

 

つまり誰が、どのようにして猫に鈴をつけるか、それが問題なのだ。

 

鈴をつけるのは我が社だ。それが仕事だから当然なのだが、問題は

どうやってつけるかだ。

 

若い男女が、(ちなみにS婦人の隣には一週間前19歳の男女が入居

している)欲求を発散させるのは当然の事。なんの問題もない。

路上ではないし、部屋の中だし、誰に後ろ指指される筋合いもない。

 

にもかかわらず、騒音になる、これは実に簡単な事だ。

若い男女は、自分達の音が、隣の部屋に丸聞こえだと知らないからだ。

聞こえているとわかれば、多少は自重する。

 

S婦人はとても良識の有るご婦人で、騒音を立てないよう生活されている。

テレビもあまり見ないという。

たまに見る時は、耳が聞こえにくいので、イヤホンを使用しているとの事。

 

つまり、わかい男女は、自分たちの住んでいるマンションが、騒音で問題に

なる作りだとは思っていないのだ。

だから元気に励んでいる。

 

教えて上げる必要がある。

あなたたちの住んでいるマンションは、隣の音がダダ聞こえですよと。

一番確実な方法は若い男女にこんなクレームが来ていると言えばいいのだが

それでおさまらなかった時は、解決がややこしくなる。

逆切れすると、クレームを言って来た人を、推理して直接怒鳴り込んだりします。

こうなると手がつけられません。

 

まずは若い男女の性格を知る必要があります。

それには直接電話をし、相手と話してみることです。

 

考えているより、実行。

直接若い男女の連絡先に電話をしました。

女性の方がでました。

優しく、おとなしい話し方です。

声質も普通で、話してまともな方だと判断しました。

 

「B様、お忙しいところ申し訳ありません。少し御確認したいことがありまして、連絡させていただきました。先程警察から問い合わせがあり、お客様地域に建っている賃貸マンションで、一週間ほど前から部屋の中から女性の悲鳴がたびたび聞こえるとの通報があったそうです。具体的なマンション名を言わなかったので、どこのマンションかはわかりませんが、一応警察からの問い合わせですから、確認させていただております。B様は記録を御確認させていただきますと、一週間前にご入居されていますが、何か心当たりはございませんでしょうか」

同居の男性にも聞いているのか、私が話したことを男性に伝えている。

心当たりがないと言うから、引き続き話を進める。

 

「そうでしたか。ではどうもご迷惑をおかけしました・・・」

 

切ろうとすると、男性に変わった。

変な声って、どんな声だと聞き返してきた。

思う壺だ。

 

あの時の声が大きすぎるなんて話は女性にしてもあまり意味はない。

経験則で言えば、声を出している本人には大声の自覚がない。

あるのはむしろ男性の方だ。

 

そこですかさず言う。

 

「変な声って警察が言う場合、あの時の声も含めて言いますから、案外悲鳴じゃなしに、楽しんでいる時の声が多いですから、あまりご心配はする必要ないと思います」

 

切ろうとすると、さらにつっこんできた。

 

「聞こえるのですか、そんな声?」

不安そうだ。

 

「ここだけの話、賃貸マンションは壁が薄いですからねえ」

「このマンションはどうでしょうか?」

「それは私の口から言えませんが、大丈夫とは・・・」

 

そう言って電話を切った。

引き続きS婦人に連絡し、テレビの音をイヤホン無しで聞いてもらうよう

依頼した。

どの程度音が聞こえるか、分かるだろう。

 

その後S婦人からのクレームはピタリと止まった。

若い男女、理解してくれたようだ。

 

あの時の声を聞かれるのは、大抵の場合、聞かされる方より

出している方が恥ずかしい。

常識人なら、その事実を知った時点で、控えてくれる。

 

クレームは、電話のかけかた一つで、どうとでもなる。

 

勿論、警察からそんな問い合わせはないし、そもそも警察が

そんな問い合わせなんかしてこない。

 

嘘はつきたくないが、平和的解決には嘘は大きな武器になる。