クレーム相談室

実際に体験したクレームの報告です。楽しんでもらえるよう小説風にしています。登場する団体や個人の名称等は実在する人物や団体等とは関係ありません。

誇りある警備員ならコンプライアンスを遵守し告げ口はしないという話

私がまだメンテ110番(クレーム担当係)に配属される前の話です。

メンテ110番に配属される前は、機械警備の設計、取り付け工事の監督、補修等をする技術部におり、この話はその時の話です。

 

警備機器の取り付け工事を終了し帰宅している最中、管制から電話が入った。

管制とは、警備の監視をする部署で、ここに顧客に取り付けた警備機器から発信された異常信号を感知すると速やかに付近にいる警備員に移動指示をする部署だ。

 

「17コースの機動と連絡が取れない」という。

機動とは、車に乗って警報対応をする警備員の事で、機動と呼ばれている。

この機動と連絡が取れないという。

技術部の私には全く関係のない話だ。

そもそも警備業法で、機動以外の者が警報対応をしてはいけない規則になっている。

いわゆる業務違反になる。

 

機動は半年に十数時間、警備の勉強と訓練をするよう義務付けられている。

技術の人間にはそんな教育はなされていない。

だから私に機動がどうのの話など、されてもしかたがないのだが。

 

聞けば機動と連絡が取れなくなったのが○○邸だという。

警報が出て、機動を走らせ、「中に入る」と連絡が入って20分、何の連絡もないという。

○○邸は私が工事担当をしたが、いわくつきの物件だ。

暴力〇組長の愛人が囲われているマンションで、営業がそうと知らず契約してしまった案件だ。

 

工事に行ってびっくりだ。

提灯に名札。神棚とか、日本刀・・・

映画で見る〇力団事務所と同じ作りで、私も工事業者も完全にビビってしまった。

それでも出てきた愛人とおぼしき美人さんは愛想が良く、工事は無事完了した。

その暴〇団・・・じゃない、愛人宅の警報対応をした機動と連絡が取れないという。

 

本来個人邸に入る場合は必ず契約者に宅内に入る旨の確認を取らなければいけないのだが、ここは契約の段階から怪しかった。

電話はいらないから、即、中に入り確認するよう、鍵も預かっていた。

〇力団の事務所に、たとえそれが愛人宅であろうと、夜間に機動が一人で入ることなどできないと、機動の責任者は営業に断ったが、今さら断る事は出来ないと営業部長の泣きの一手で、ゴリ押しされたと聞く。

 

せめて二人で入らせたらよかったのにとも、思ったが警報出てから25分以内に確認することが機械警備の義務になっているから、とりあえず機動を走らせたという。

面白いといっては何だが、警察通報する場合に限り、愛人の許可が必要だというのだから、不可思議な話だ。やはり警察には入られたくないらしい。

 

機動と連絡取れないのなら、もう警察に頼むよりしかたないだろうと言えば、できないという。契約で警察に連絡する場合は愛人の許可がいるからだと、ここではコンプライアンスを持ち込んでくる。勝手な話だ。

その愛人とはまったく連絡が取れないから困っているという。

下手に警察に連絡し、愛人宅に危険な代物でもあった日には、こちとらの身が危ないと。

どうやら営業担当に助けを求めたようだ。

おまえら機動隊の命が心配じゃないかと怒鳴ったら、じゃあどうしろというのだと居直ってきた。そもそも暴〇団の愛人宅を警備するほうがおかしいだろうに。

 

ところで、何で私に連絡してきたのかと聞けば、営業担当が、工事の最中、私と愛人とが仲良く話していたから連絡方法を別に知っているかもしれないと私を名指ししたそうだ。

ひどいにも程がある。

暴力〇に殺されなくとも、私が営業を殺してやる・・・そうむかついたが、さすが営業だ。

見るところは見ている。少し感心した。

確かに私は、愛人さんの携帯の番号を知っている。

工事の最中、愛人さんが急用ができたから、一時部屋を出ていった。

工事が終わったら「ここに電話して」と携帯の番号を教えてもらい、工事が終わったと連絡も入れた。

私の個人携帯には、〇力団の愛人さんの個人携帯番号が履歴として残っているのだ。

 

出来る営業は、未来の展望など考えない。今、そこにある危機さえ処理できればいいのだ。

今そこにある危機を沢山処理すれば、やがて偉くなり、今そこにある危機が降りかからない上位職に行ける。結局営業とは要領だ。機を見るに敏な奴は出世する。敏な奴にロクなものはいない。

 

携帯の履歴をさかのぼり、愛人さんに電話した。

一発で出た。さすが素早い反応だ。

状況を説明すると今すぐ戻るからあんたも来なさいと指示が出る。

さすがに嫌ですとは言えない。まだ大阪湾の魚の餌にはなりたくない。

 

取りあえず管制には私からの指示があるまで警察通報は控えるよう指示し、愛人宅マンションに向かった。長い物には巻かれるに限る。巻かれると、事態は勝手に好転する。

ついたら事態は収束していた。

機動は部屋の外におり、元気だ。聞けば愛人に助けられたという。

警報は愛人宅に警報も切らず入った愛人の警護をしている「若いもん」のせいらしい。

酔っていたのか、怪しい薬でラリッテいたのか、わからないが、警報で駆けつけてきた機動を面白がっていびっていたとのこと。

 

そこに愛人さんが現れ、平手で若いモンの頬を往復ビンタし、最後にマタグラを蹴りあげたという。

若いモンにいたぶられていた機動が意外にしっかりしている。

恐怖のあまりチビっていても不思議ではないのに・・・

 

理由はわかった。

愛人さん、私を部屋の隅に呼ぶと、封筒を渡した。

この手触りは間違いなく現金だ。少し分厚い。

金額は言えない。建前は貰ってない事になっているから、言えるわけがない。

拉致された機動の封筒は私の倍ぐらいの厚みだ。

 

別にお金などくれなくても、私達は立派な警備員だ。告げ口などしない。大阪湾の水が冷たいことは知っている。

それに、仕事に誇りをもっている。あくまで建前だが。

 

結局、この案件は単なる誤報で処理された。

警報が出てから数十分間の出来事は別の次元に吹き飛んでしまった。

それで皆が平和になるのだから、いいじゃないか。

何といっても最大の被害者、機動さんがニコニコ顔だ。

美人の愛人さんにチヤホヤされ、懐も暖かいらしい。

 

気になるのは唯一、あのラリッテいた若いモン。

どうなったのだろうか・・・